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FUKUSHIMAとTOMARIの狭間で
第2のFUKUSHIMAを想像せよ

 FUKUSHIMAの現実。
 それは、原発所在地の人々の生き方そのものの、歴史的再起動を命がけですることを要求している。

 政府・経産省・東電・原発「専門家」等は、4ヶ月が経とうとしている現在、未だ被災地住民の「棄民」策のまま、打ち捨てたままである。

 地震と津波による2万数千人もの死者・行方不明者。

 同じく四ヶ月も避難所生活を強制される人々も未だ2万人、
 被災地と周辺住民あわせて15万人近い避難を余儀なくさせている。

 更に100億円以上も投下した緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI:スピーディ)データを即公表もせず漫画的な同心円避難地域設定発令で、避けられた放射線被曝被害を住民に負わせた。
 そして、FUKUSHIMAどころか都心までホットスポットが拡大しているのを放置している政府・原子力安全委員会・東電・「専門家」。
 県は単独ででも、後の裁判係争も含め腹を決めた独自対応をしないで、「政府は、国は?」と責任回避をしている。
 その意味では、被災地住民と周辺住民は国・経産相・東電と県との駆け引きの人質扱いと言っても過言でない。

 土壌・海洋・大気・雨の放射能汚染により九州から北海道まで広範囲に農産物・海産物・水・土を汚染させ、国内どころから海外にまで多大な悪影響を今ももたらしているFUKUSHIMA.

 その「安全と安心」を約束された原発立地自治体と住民は、この放射線被曝被害、放射能汚染被害という「放射能・核公害」にどう立ち向かえばいいのか? 

 政府は、3.11までは放射線被曝線量上限年間1ミリシーベルトという基準値をあろうことか20ミリシーベルトにかさ上げし、ついに福島県の児童が内部被爆したことが判明した。

 そして、
 海江田経産大臣は、六月一八日、
 (1)原発の中央制御室の作業環境の確保
 (2)停電時の原発構内での通信手段の確保
 (3)放射線管理のための体制整備
 (4)水素爆発の防止対策
 (5)がれき撤去の重機配備
とする、たった5項目について「安全」が確認されたとし て、
「定期点検中の原発の再稼働は可能」
と玄海原発所在地の佐賀県知事と玄海町長に再稼働を要請 した。
 驚くべきことに、その根拠は「データ隠蔽」の代名詞と なった原子力安全・保安院の「安全判断」だという。
 そして、動物的延命勘の菅の、「ストレステスト」はあくまでもコンピュータ・シュミレーションに過ぎないし、その統一見解でもブレにブレている・・・。

 この5項目とストレステストは、どれもこれもすべて電力会社の「原発施設」に関するFUKUSHIMA後の対策でしかない。
 というか、今更ながらこのような基本的項目さえもが全く万全でなかったことを自己暴露している。

 原発関連工事を自社建築会社に七七億も受注させ私腹を 肥やす脱税疑惑町長と九電寄付まみれの県知事は、「稼働 OK」を出した(出そうとした)メンツが真っ向から潰さ れ、二人で政府を非難することで県民・町民・周辺住民無視の棄民行為を言い繕おうとしている。


 百歩譲ろう。
 では、現在定期検査中の原発を抱える所在県・市町村自治体の長は、自らの自治体や周辺自治体の住民の安心・ 安全の担保をいつ、どのように取り、住民に説明したのか?

 ・FUKUSHIMAで明らかになったのは、10キロの防災対策重点実施地域(EPZ)圏は勿論、20~30 キロ圏、いや40~50キロ圏への住民の「安全」策が、 全くとられてなかったことではなかったか?
 FUKUSHIMAを受け、緊急の「防災対策重点実施地域(EPZ)圏見直し」に関し、国に立地自治体(県や市町村)長はどのように要請し対応しているのか?
 暫定的に50キロ圏まで「防災対策重点実施地域(EPZ)圏」を見直すくらいやろうと思えば出来る。

 ・10キロの防災対策重点実施地域(EPZ) 圏の甲状腺ガン防止のヨウ素剤は、3.11以降確保されたのか?
 ちなみに、泊原発のEPZ圏の四町村に甲状腺ガン防止のヨウ素剤の備蓄がゼロであった。
 放射線被爆防護・除染の器具設備や薬品備蓄の確保はできたのだろうか?
 ・生活物資供給も満足にせず自宅屋内待機を一ヶ月以上も強制=
棄民したあるまじき事態を猛省し、原発所在県知事や原発所在地自治体長はSPEEDIの即時のデータ公表を国に再確認要求したのだろうか?
・FUKUSHIMAでは突然のバス手配が県に命じられたが、県は被災の大混乱に手配をすることも出来なかった。
 放射線被曝圏で住民を避難させるための住民をまとめて避難移動させる手段としての避難用バスの確保、避難移動のためのバス運転手の確保、それら住民用の放射能防御服の確保は、出来たのだろうか?
 ・放射線外部被爆、内部被爆防止ための屋内退避のため の(核)シェルター施設の目途は立ったのだろうか?
 ・避難移動先居住空間のプランは策定したのだろうか?
 ・FUKUSHIMAで現実に起こった、避難住民の自動車で大渋滞が起きた。 その原発立地自治体や周辺住民の円滑な避難のための道路の確保や建設計画策定はできたのだろうか?
 ・ましてや、いまだ「10キロの防災対策重点実施地域 (EPZ)圏」の見直しもしないで、20~50キロ圏の 住民の「安全性の確保」はどうなったのか?

 更にもう百歩譲って、これらが担保されて初めて少なくとも「安全性の確保」を原発所在自治体・周辺自治体の住民に説明できる。

 菅や海江田や民主党政権内部の閣内不一致や菅の孤立、与野党一体となった政局づくり、「 想定内」の九電のやらせメール等々で騒ぐ前に、わが新聞は絶対無事故などありえない「原発の安全性」検証とそれ以上に「住民の安全性」こそを追求しない で、「原発再稼働」問題を報道できるのだろうか?

 そうでなければ、政府・電力会社と一緒に棄民策に手を貸す行為でしかない。
 戦中の大本営発表の垂れ流し報道の自己批判的総括を、 毎年8.15にしてきたのは何だったのだろうか?

 原発推進派も原発反対派もこれまでのことは一切忘れ、いったん頭をリセットし、今の日本とこれからの日本を改めて見つめ直した上で、原発をどうするか、確と再考することこそが問われている。
 狭くて小さい島国、美しく豊かな自然と歴史文化、少子高齢社会...その中で、どの程度の経済の、どのような生き方の、どんな幸福な暮らしを求めるか、 情緒や感情に走らず、今とこれからという地にしっかり足をつけた現実思考で、原発を選択するのか否か、正しく判定しよう。

 FUKUSHIMAの現実はその歴史的再起動を私たちに命がけで要求している。
 
1.被災の「認定」という問題がもうすでに浮上してきている。

 これまでの公害補償と同様、放射能汚染・核災害においても
 ・被害内容
 ・被害区域
の確定で今後大揉めになるのは、必須だ。
 チッソ水俣病公害をはじめ数々の公害は、当初は認定さえされなかった。 
 これまで被災認定は「専門家」の「科学的知見」に基づいて、国が一方的に行ってきた。
 そこからの教訓は、被災自治体が自ら声を大にし強く要求するのは当然だが、それだけでは全く不十分で、自ら直接行動を起こさない限り、国の「裁量」や「手続き」を前面にだした遅延策に決定的に被害者が翻弄されてきた歴史を繰り返してきたことを、想起しなければならない。

 今回の「放射能汚染・核公害」の原因は、1年や2年でその原因を特定することは無理だと考えて対処しなければならない。 
 なぜかといえば、今、報道等で指摘される放射能汚染と放射線被曝の原因である東電福島原発の原子炉を、そもそも開けて検証など出来るわけがないからである。

 傲慢な政権と原子力推進経産省があるかぎり、それをもって「原因特定不能」で被害内容や被災区域の「確定」に至らずとなってしまいかねない。 
 この国の政府は、そういう対応をこれまで数々の公害・薬害でやってきた。
 
 例えば、国は半径20キロ圏の「避難指示圏」、半径30キロ圏の「屋内待機圏」を設定しながら、被災住民・被災地域・被災自治体を放置した。
 その後、
 「計画的避難区域」
 「避難準備区域」
などを逐次設定した。
 
 しかし、常識的に考えても「二日以上に渡る屋内待機」は、国が生活物資を支給しない限り論理的にも成り立たない、指示という名の棄民でしかない。 
 被災地域の住民と自治体は、あろうことか国・県・電力会社から棄民された。
 更には、30キロ圏を越えた北西部地域においては、高放射線量が早期に検出されていながら斑状の区域設定もせず、1ヶ月以上も手を打たず、放置・棄民した。

 要は、国の「指示や認定を待つ」だけでは住民の「安全・安心」すら確保できず、放置・棄民される。

 それは現に今も続いている。
 被災県と被災自治体の長は、これを肝に命じなければならない。 国の指示を待つなどという「政府頼り、政府責任」という責任の押し付け合いでは、県民・市町村民への責任ははたせない。
 
 
 
2.被災自治体が覚悟するべき課題

 漫画的な同心円状避難ですませようとする政府は、「周辺」自治体には「自主避難」などという、これが一国の政府の取り得る指示なのかという無対応で、バスを仕立てるという初歩的対処さえしなかった。

 周辺自治体は国が警戒区域に設定しない以上、住民を置いて撤退などできないのは当然で、国の指示がないのに自治体の「自主判断」で避難指示を出したらそ の後の「補償」は当てに出来ないという「命に係わる安全・安心」とは全く別次元の「行政」という政治的判断で、一層混乱と被爆を拡大させた。

 今回のFUKUSHIMAで、「国の判断を待つ」ということは、原発所在自治体(以下、所在自治体)にしても原発周辺自治体(以下、周辺自治体)にとっても、完全に住民を危険にさらし続けることを意味することが露呈した。

 そうなると、「被災の認定」は所在自治体であれ周辺自治体であれ自治体が自主的に認定し、自主的行動をとる、決断をすることが要求される。

 今もう既に、様々な段階で、国や電力会社は互いに責任を押し付け合い、被害の認定を拒むことが明確に現出している。

 その国や省庁・県・電力会社の「原子力ムラ」構造を、ひとつひとつ突き破らねば、被災自治体の救済措置は展望できない。

 つまり、いくら経産大臣が「安全・安心」で「再稼働」を苦渋の決断などと言って原発所在自治体に要請しても、国の責任を期待するのは無駄ということを意味するだけの話なのだ。

 その意味では、玄海原発再稼働のために来訪した海江田・経産大臣が「国の責任で安全向上を確認した」とし、それを受けて「クリア」したなどと発表した古川佐賀県知事をみればわかる。
 ましてや、原発交付金による原発工事を自らの弟経営の建築会社に発注し株主として私腹を肥やし、脱税をほしいままにする地域ボス町長に至ってはである。

 田舎芝居でもみられない国と県の電力会社と所在自治体長の演出による猿芝居でしかない。

 このような出来レースの田舎芝居を見せつけられた被災自治体の住民は、国や電力会社が「保証範囲や救済程度」を値切ろうとするのを阻止する陣形を早急に創らねばならない。

 少しほとぼりが冷めれば、逆に被災者の正当な要求をも「たかり」のように喧伝するであろう。
 被災を免れた非被災地の住民・自治体からの嫉妬を組織しようし、救済程度を敢えて不公平に設定し被災者間の不公平感を利用し、被災者を分断し、被災者の要求を押さえ込もうとしてくる。
 公害や薬害の歴史と現場で、そのような数々の対応が現にされてきた。

 だからこそ、原発放射能汚染・核被害を被った被災自治体は被災自治体間の連携を密にし、広く国内・世間の人々の理解と支援を得るための苦しく難しい努力が、被災のうえに更に求められる。
 そのためにもこの国の人々が結束できる「放射能核被災地復旧回復法」などの制定を柱にした包括的法案の提出を、被災地側から準備する必要がある。
 そのための専門家集団を放射能汚染被災地にこそ組織する。

 放射能汚染被災地の自治体に対してこれから巻き起こる言説や誹謗中傷は想像できる。
 ・原発の危険を承知で受け入れただろう
 ・原発立地のよる膨大な電源三法交付金で、財政上や経済上でメリットをうけてきただろう
などである。
 とりわけ、政府・経産省・電力会社は陣形を整え、被災だけで何ら電源三法交付金などの受益を受けてこなかった被災周辺自治体からも誹謗中傷が上がるよう、陰険な策を講じてくる。
 過去の公害・薬害での被害者対応や告発運動や市民運動の困難な歴史が示している。
 勿論、福島第一原発も若狭湾の原発群も、首都圏や関西圏のために発電したのであって最大の受益者は首都圏・関西圏である。
 又、原発所在自治体の地元は、「安全神話」に積極的にも消極的にも信じさせられて立地を承認したのであって、原発「専門家」と国に騙された。
 そもそも原発推進は国策であって、所在自治体に拒否権・同意権は法制上何ら存在しない。
 原発所在自治体は予想される非難言説や流言飛語のたぐいによる「二次被害」を防止し、被災した住民生活を守らねばならない二重三重の努力を要求される。
 あわせて、原発非所在の周辺・近隣被災自治体との「分断」を図る国・電力会社に細心の警戒も要求される。

3.放射能汚染・核災害は多様である。

 放射能汚染・核災害による被災の内容は、各人・各年齢層・各地域・各自治体で大きく異なるに違いない。
 国や電力会社や「専門家」は、被災地の地域住民の詳細を把握する能力に乏しい上に、更に意識的無関心を装う。

 むしろ、この放射能汚染・核災害による被災の内容を国や電力会社などがその被災内容の差異を知れば、被災者の分断統治に利用しかねない。
 このような国・電力会社・「専門家」に対して、被災地の自治体こそが臨機応変に逐次きめ細かい対応と対策を打ち出す覚悟を持たねばならない。
 
 ただでも未曾有の被災を受け、人的・物理的に消耗し疲弊している原発立地自治体・周辺自治体ではあっても、全力をもって各人・各年齢層・各地域・各自治体のニーズを明確に把握しようとする。
 だからこそ、全国の自治体やボランティアからの支援・補充・補完の連携体制をつくろうとする。

3_1
 被災の内容から導かれる問題で最も大事なのは、被災地への「帰還か移転か」という点である。

 被災地の自治体と住民の希望は生活環境の安全性を確保した上での早期帰還であることは間違いない。
 この目標と展望は被災住民にとって当然不可欠のものである。

 津波による甚大な被害を被った太平洋沿岸自治体・住民にやれ「高台地域へのエコタウン造成」などと復興構想会議は言っているが、それを決めるのは自治体・住民の徹底した話し合いのもとでの「まちづくり構想」であって、復興構想会議の現実抜きの絵空事ではない。
 ましてや、安全の名の下に住民を他地域に移転させることは、放射能汚染・核被害を起こした電力会社やそれを安全性で適切に規制しなかった国や県が決定すべきことでは、ない。
 かれら国や電力会社には、あくまで原状回復・復旧の義務と責任があるのであり、被災自治体・住民の意思・意向が最優先されなければならない。

 問題は「放射能汚染・核被害」が長期に渡る被災である点である。
 放射能汚染・核被害の被災状況によっては、住民の安全と称して「居住禁止区域」が設定される可能性は実に大きい。

 足尾銅山鉱毒事件での谷中村やダム建設など、国策による地域・自治体の抹殺は過去に数多い。
 電力会社や「専門家」以上に、国にとって「文句を言いオカミに楯突く自治体」に対処するのに実に都合がいいのが、抹殺・消滅である。
 そうすれば、行き先のない放射性廃棄物の処分場立地や新規の原発施設立地にも、「居住禁止区域」設定は好都合となる。

 更には、この放射能汚染・核災害の被災地域を合併させてしまい、被災自治体の声や要望を希釈化させうる。
 本当に被災自治体と住民は、未曾有の被害に加えてこのように重要な岐路に立たされている。
 被災自治体を地図から抹殺し、住民を日本各地に「逃散」させれば放射能汚染・核災害の事実は消せなくても、核災害の記憶と過去は消え去りそれへの対策も埋もれていく。

 被災自治体と住民からすると、
 ・放射線被爆という核災害の危険を承知でそれをこれからも背負う覚悟で早期帰還する
 ・疎開し遠隔地に避難しながら地元帰還を目指し国・電力会社等に「安全な原状回復」を徹底的に要求していく
 ・移転先で新生活を苦渋のうちに開始する
という選択の岐路に否応もなく立たされる。

 ここでは、国・電力会社・「専門家」だけでなく、県すらも当てにはならなくなっている。
 玄海原発の定期検査中の原発再稼働などはその典型で、何ら「原発の安全性向上」への説明も住民になく、「住民の安全性」という一番大事な点での対策もと らず、「国の責任で」などという言質だけで利権まみれの町長と電力会社からの政治献金・寄付金・選挙応援にまみれた知事が「見返り再稼働」の嚆矢となって いる。
 FUKUSHIMAでも、被災地住民を人質にした復興支援の綱引きを国と県がし、現下の原状回復策や放射能汚染対策が全くおろそかになっていることをみれば歴然としている。

 いずれにせよ、このような国・電力会社・「専門家」から万全の原状回復・復旧を勝ち取るには住民と最も近い存在の自治体の「力」の強化に住民が立ち上が り、子どもたちを放射能から守る福島ネットワークのように、常に圧力をかけ対策を採ることを最後まで監視ていく必要がある。

 日々、放射能汚染の恐怖に苛まされ、とりわけもっと放射線被曝の影響をうけやすい子供達がいる住民の県外への避難が拡大している。
 このような避難先生活が長期になれば、帰還の展望はますます喪失していく。
   電力会社の工程表でも長期間かかることが公表されている。
 経済的力のある住民は、当然自力で避難先で新しい生活を始めていく。
 当然、帰還が適うようになったとしても人口流失・離散・逃散は避けがたくなっていく。
 自治体ごとや地域社会ごとの集団移転を検討するにしても、他自治体の特定区域に移転するのであって、そこに自らの自治体を作れるわけではなく、受け入れを了解する自治体の中に被災地支援の声が埋れ埋没し、国や電力会社だけがほくそ笑むだけに終わる。

3_3
 第2次核災害としての風評被害
 帰還が敵ったとしても被災自治体、被災住民の復興方策は難しい。
 国が設定する厳しい基準にもとずいて「安全性」が確保されることが帰還の前提である。
 国は「安全」を宣言し、自治体・住民がそれを信じることですべて終息させようとする。
その後の追跡調査・検証活動を怠れば、第2次放射能汚染・核災害の抑圧と隠蔽の可能性が高まる。
 つまり、第2の」「安全神話」の始まりである。

 かといって、追跡調査・検証活動の結果放射能汚染災害の危険性が明らかになる時は再びの圏外移転が被災者に襲いかかる。
 これも第2次核災害である。
 「安全」を前提にし帰還しても、農業生産などには風評被害がつきまとい、地域経済の再建はとても容易ではない。
  すでに広範な地域で風評被害が生じている。
  国や「専門家」・マスコミが「風評被害」撲滅キャンペーンを張ろうが、市場経済のもとでは限界がある。
 消費者が忘却すれば「風評被害」は自然に収まるが、土壌に長期に放射線物質が残留するならば、「風評被害」も継続して行く。
 単純に放射能汚染事故以前の状態に戻るという復旧は困難極まりない。
 ましてやブランドに欠かせない「安全・安心」の復旧は一層難しい。
 
3_4  克服か風化か
 放射能汚染核災害が、現実であれ風評であれ、被災自治体の復興構想に大きくのしかかる。
 深刻な放射能汚染を受けた被災自治体では、風化を期待しえない。
 むしろ、放射能汚染核災害の認定を風化させては、被害救済・補償が忘却すればされる。
 従って、覚悟をもって放射能汚染核災害をまっ書面から直視し、それを克服する回復構想を持たねばならない。
 被害者として補償を要求するだけでは、地域・自治体の力にはならない。  放射能汚染・核災害の事実を下にそれを二度とくり返さないように、そしてそれまでの社会のあり様を見直すように、全面的に方針転換をし、社会に被災自治体として訴えかけることが問われる。

 戦前の軍都であった広島や長崎が被爆を踏まえて平和記念都市に生まれ変わったように。
 
  これまでの高度成長期の公害の経験は、公害は正面から克服することに取り組まないと、陰にこもった差別にまで繋がっていくことを教えている。

 既に作付け禁止となった田畑にバイオ燃料用の作物栽培をする構想などが家から発表されている。 こうした構想の種を巻き放射能汚染核災害に被災した自治体ならではの、新たな構想展開が必要とされる。
 先祖伝来の田畑での従来の作物栽培に思い入れを持つ農家が多いであろうが、それは苦渋の決断からの新しい農業への転換である。

今回の被害が
・過剰な原子力発電ネルギー推進
・電力過大消費
・都会と地方の地域間格差・不公平
などの結果として発生したとするならば、
●火力・水力・自然など各種エネルギー源のバランスの回復
●電力消費の抑制あるいはガスなどの復権
●エネルギー生産地と消費地の近接化
などが当面の構想の基礎となる。
全国の原子力以外の専門家の叡智の結集である。

放射能汚染核災害の被害の度合いが低ければ、「風評被害」と「核災害被害」の実態の双方が時間の経緯と共に「風化」することを待つことも期待できる。
 が、これまで蓄積してきたブランドは再構築は困難だろう。

 むしろ、「風評被害撲滅キャンペーン」の一層の展開で被災地域の頑張る姿を全国に見せつけることで、全国の支援を呼び起こすことこそ必要だろう。

被災克服自治体と被災風化自治体と二つにこれから分かれていく。
その線引きは私たち余所者がするのだけれど、その線引き側にいたくない。
しかし、実は本当に難しい。
放射線被曝災害、いわゆる核公害の難しさがそこにある。
放射線被曝災害、いわゆる核公害の濃淡はこれからどのように広がるか、それをどう認定するかでも当事者の受け止め方も含め極めて難しい。
そもそも、放射線被曝災害、いわゆる核公害は時系列で変遷していくし、その度合いはモニタリングポストデータでさえ変移する。
放射線被曝災害、いわゆる核公害が深刻なレベルであれば何とか克服する手立てを必死でやらねばならないし、軽度またはなければ「風化」することを目指さねばならない。
たくましくならねばならない。
しかし、その中間域、グレーゾーン域は明確な地域以上のきめ細かな対策を否が応でも要求される。

そう、筆舌に尽くしがたい被災地、そして被災自治体の住民の否が応でも背負わねばならない労苦は、「原発」故なのだ。

自らの地域の電力のためではなく、
大都市への電力供給のために、
それも地震大国のこの国で、
4〜6基も複数の原発を林立され、
激しい原発立地反対運動沈静化のために作られた
電源三法による交付金で過疎地で
財政の苦しい地方自治体を「受益」のもとに黙らせて
その結果が、このような筆舌に尽くしがたい困難を
今も、これからも強制される。

起こらないとわからないのが人間の性(さが)なら、
起こってもわからないのは罪である。
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