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一度目は悲劇,しかし二度目は喜劇
JUGEMテーマ:観光まちづくり
裸の王様


 医者から,2年の疲れ,すべてのスケジュールキャンセルして静養しなさい.と宣告され大人しくしている..
 しかし,横になっているのに寝ていられない話が次々持ち込まれる..
 
 負ける闘いは意味がない,・・・とは,私は言わない.
 ・・・若さは,おそれに打ち勝つ勇気の発露であり,安易さより冒険を求める.
 そうだ,私も何度も負けて来た.
 が,敗北から何も導かずまた3年もあったのに次を準備せず,結果,「情況だけ」からまた闘いを挑むなど,安易な冒険主義と言わざるを得ない.
 自らの玉をもてないからとはいえ,だからといって自動的に自らが玉になろうとするのは,決定的に違う.

 真面目に情況を見るのはいい.
 が,真面目だけでは情況を変える埋め合わせにはならない.
 情況だけを見ると,情況に溺れるという落とし穴がある.
 もう一度,一から日頃の活動を着実にし,次の闘いのための牙を研ぎ,周囲の環境を作り出していく,その積み重ねこそが情況を自分に引き寄せられるのだ.

 一度目は悲劇ですむが,二度目は喜劇で終わるしかない.
 本当に本人のため,わが町のためと思って話し合った.
 そして,多くの仲間も同様に話をしたという.
 その仲間を今回も組織化できなかったところが何なのか,を考えてもらいたかった.
 邪な動機で近づく連中は前回より多くなり,彼を支える陣営に混乱と疑心を醸し出すのではないか,と余計な心配もする.

 が,それもこれも.本人の決断だ.
 申し訳ないが,私は安易に喝采する観客だけには・・・ならない.
 
 ・・・若さとは,
 人生の一時期のことではなく,心のあり方のことだ.
 ばら色の頬,紅い唇,柔らかなひざのことではない.
 意志,豊かな想像力,強い情熱の問題であり,命の深い泉の新鮮さにある.
 これはときに20歳の若者よりは,60歳の大人にやどっていることがある.
 人は年の数を重ねて老いるのではない.
 理想を捨てさるとき老いるのである.

 しかし,もう一人.
 直近で3度破れ4度目の敗北に一直線のご仁もおられる.
 一度目は悲劇,2度目は喜劇なら,このご仁をどういえばいいか,私も表現に困る.
 「初心者より経験者」などという陳腐な理由で出馬する.
 その経験者が,過去3度も連続敗北したのに,である.
 「自己肥大化症候群」がとまらないらしい.
 前回,市民病院建設問題では「ペンキ塗替」だけという迷施策を打ち出し市民を絶句させ,市長給与は「ゼロ」と最悪ポピュリズム施策で,庶民に笑われた.
 そして今回も,関係者の立起表明の場をつかい,取り巻きに「立起を」と言わせる田舎猿芝居三昧.
 いくらリサイクル時代とはいえ,賞味期限切れバーゲンセールや廃棄処分セールなど,庶民の世界だけでいい. 
 
 そして結局この町の経済人は,火中の栗はひろわなかった.
 普段,小樽のまちをなんとかし,雇用を増やさねば,と喧伝されて来たご仁たちが,結局混迷に混迷を重ね,かろうじて神輿はなんとか担ぎ上げた.
 が,結局,また他人のふんどし路線をわが町の経済人は選択した.
 .
 町に閉塞感が蔓延し,「何かすっきりしたい」という期待感とが共振しあい,誰を最終的に選択するのか,わからない.
 
 いずれにせよ.
 我々は,牙を研ぐのを忘れない.
Our Otaru | comments(0) | trackbacks(0)
「あずましい」とは、住んでよし訪れて良しのまちづくり!

JUGEMテーマ:観光まちづくり

歓迎? 悪無限的に続く不況。
 地方の市町村人口の大減少という地域の衰退。
 そのなかで、必死にまちづくりを担おうとする観光現場の人々。
 これらの観光現場で懸命に頑張る人々に、地に足の着いた進むべき道が提示されないまま、足踏みしている、それが我が国の、わが北海道の観光実態である。

 かつて10年前は、北海道に台湾・香港観光客が大挙押し寄せ、それへの受け入れ体制に奔走した。
 しかし、今北海道の有名観光地はそのような嵐は去り、台湾訪日観光は姿を消し、文字通りブームは去り、今山形が台湾観光客ブームに沸いている。
 そして今度は、
 「中国本土1億人観光大爆発」
に国を挙げて受け入れ態勢の音頭をとり、都道府県・市町村は中国人訪日観光シンポジウムに明け暮れ、地域現場はそれに動員させられる対象以外のなにものでもない呈をなしている。
 確かにリーマンショックの激震以降呻いていたエアやエージェンシーやホテル・大型観光施設は、それで「シノギ」を得ている。
 しかし、その度に地域の観光現場は猫の目のように振り回されて、地に足の着いた着実な地域づくりの実感を感じることもなく、狩り出され続ける。

 北海道も「地産地消」が提起されたと思った途端舌の根も乾かぬうちに「産商恊働」が次に出され、観光の国づくり北海道観光戦略の実施計画も提示されず、全く地域事情おかまいなし、観光現場おかまいなしの「言葉遊び観光行政」と「後追い観光行政」としか映らない。
 観光現場レベルでは一つのことを地域で10年叫び続け実践し続けることで、初めて根が付き花が咲き実が実るのに、である。
 北海道観光連盟から衣替えした北海道観光振興機構も、結局、インバウンドを叫び、中国本土観光を叫び、しかし雲行きが悪くなると道内観光強化を叫びと、見苦しいほどジグザグな路線しか取り得ていない。

 いったい、何時になったら10年スパンでじっくり着実に地域づくりと一体となった観光まちづくりが観光現場で実践され、それが共有化される時代がくるのか?
 自らがそれを一歩一歩進めていると実感しながら、最初は小さな成果を刈り取り次第に目標を高め、ステップバイステップで更に挑戦していく喜びを感じ得る、地域づくりが実現されるのか。

 そのような、現状に嫌気をさし諦めるのか、それとも別の道があるのか。
 それを探ろうと、
 「時代に左右されない、あずましい後志(地域)づくり」
をテーマに、雪あかりの路の最終土曜日、過去8回連続して開催してきた「しりべしiネット・シンポジウム」の「ニューツーリズム・その実践編6」が、盛況に開催された。
 
 基調講演は、観光庁・前長官で首都大学東京で観光学の教授になられた小樽出身の「本保芳明」氏。
 パネラーは、水産庁水産経営課課長補佐で来樽直前に内閣府食品安全委員会事務局総務課長補佐になられた「長野麻子」氏。
 後志サイドは小樽観光協会副会長の「谷口美津江」氏。
 コーディネーターは、小樽市で開催するシンポジウムではその進行とまとめでは人々を唸らせる企画プロデューサー「川口直木」氏。

 この四方で「時代に左右されない、あずましい後志・地域づくり」を語っていただいた。

 《 続く 》

 
Our Shiribeshi | comments(0) | trackbacks(0)
不愉快3
 北海道思いの,東京の観光まちづくり友人からメールが来た.
 道知事選挙に立候補した者が、「近々東京で集会をやる」と案内が来た、がいかがなものか?
 ただでも遅い立起だったのだから、本来は道民にこそあらゆる場面・時間をつくり、自らの政策を訴えるべきときなのに,そんなときなのに、わざわざ東京に出張って集会をやる.
 東京人に北海道の知り合いへの紹介を頼むということなら,電話やメールや手紙で済む.
 なのに、東京で集会をわざわざ開く。
 ということは,結局知事選では負けるので,その後の衆参選挙の公認獲得のため知名度を今から霞ヶ関周辺に上げておきたい、だけなのか?
 民主党や連合とは立起の際、そういう「約束」だったのか?
 そんな立候補ならがっかりだ.
と.
 どう返信していいか.
 「そういう人物でしかなかった、そういうことなのだろう。」とメール打たせたいのか、このご仁は?

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2011 時代に左右されないあずましい後志づくり
しりべしiネットシンポジウム500


JUGEMテーマ:観光まちづくり

 雪あかりの路の会場には,会場を埋め尽くすお客様に来場頂いております.
 とりわけ,台湾・香港・シンガポール・マレーシアからの海外訪日のお客様,そして昨年10月から新年まで姿を完全に消した中国本からのお客様も.

 あれほど国をはじめ道・自治体が力を入れてきた海外インバウンド,とりわけ中国本土からの中国一億人観光大爆発に向けた様々な取り組みがなされてのこの一年の動きは,尖閣列島問題があったとはいうものの,いかに政治的問題に左右されるのかということを,イヤと言うほど味合わされました.

 一方,雪あかりの路に来訪頂く台湾・香港からのお客様は,ブームが去った今も一定数ではあるものの毎年来られ,それも五日以上滞在され,それまでの訪日で親交が深まった地域の人と一緒に今日はニセコ,明日はキロロ,明後日は小樽朝里,そして札幌雪祭りもスキーやスノボを楽しまれ,アフタースキーは馴染みになったお店を訪れて,日本食文化を日本人と一緒に交わって楽しんで頂いております.
 そう,日本人と海外訪日人との”交わり”をベースにした関係,交流観光なのです.

 この2つの事例が意味していることは何でしょう.
 大型観光施設が中国本土からのマスでの訪日で何とかリーマンショック以降の落ち込みを「シノギ」ながらも,地域の中小の観光事業者の生きていく道は,様々な政治的社会的条件などに左右されない,着実で地に足ついた地域づくりの一環としての観光まちづくりではないでしょうか?
 地域でまちづくりの一環として観光を担う現場は,もうバブル期のマーケティング言語の「集客」という「借り物」の衣装を脱ぎ捨て,地域の普段儀の衣装を繕い磨き着るべきではないでしょうか?

 そして,最近,「小樽あんかけ焼きそば」がマスコミでとりあげられております.
 過去,ご当地グルメを喧伝する方がおられましたし,今B級グルメブームが騒がれております.
 が,「小樽あんかけ焼きそば」がマスコミに注目されるのは,何も新しいご当地グルメを無理矢理つくったからではなく,その街の住民に昔から愛され自然に贔屓されて当然で当たり前の「庶民メニュー・あんかけ焼きそば」にこそ,光を当てたからです.
 大げさにいうと,その街の普段儀の歴史的(^^)食文化こそを,片意地張らず身の丈で光らせようとする,そこに新鮮みを感じたからではないでしょうか.
 そういう試みを沢山やっていく,地に足ついた現場からの観光まちづくりがとわれているのではないでしょうか?
 
 そんな問題意識を大いに語りあうシンポジウムが,
 2011しりべしiネットシンポジウム 実践編その6
 「時代に左右されないあずましい後志づくりを」
です.
 
 講師に前観光庁長官で,首都大学東京大学院 都市環境科学研究科 観光科学域 教授 本保芳明氏をお招きし,更に水産庁水産経営課課長補佐長野麻子氏をお招きし,後志からは観光協会副会長・谷口美津江氏も加わり,絶妙な進行役・川口直木氏で和気藹々のシンポジウムにしたいと思います.
 是非,ご参加ください.

講師・パネラー紹介

本保氏
●本保芳明氏 首都大学東京大学院 都市環境科学研究科 観光科学域 教授 本保芳明氏
1949年生まれ。小樽出身。
東京工業大学大学院社会工学科卒。
1974年4月に運輸省入省。83年4月国際観光振興会(現国際観光振興機構JNTO)ジュネーブ事務所出向。
88年5月経済協力開発機構(OECD)政府代表部一等書記官。 97年7月運輸政策局観光部企画課長。 03年4月日本郵政公社理事。07年7月国土交通省総合観光政策審議官 08年10月観光庁長官 10年4月に現職。 61歳。


川口氏
●川口直木氏 企画プロデューサー。京都デザイン研究所代表。
小樽ふれあい観光大使。やまがた観光まちづくり塾塾長。くろべ観光まちづくり塾塾長。地域中小企業サポーター。東京都市大学・千葉商科大学 客員講師。
まちづくり、観光振興、都市計画、集客事業、新規事業・商品開発、マーケティング、企業コミュニケーション開発など各種事業の総合プロデュースを中心に幅広い分野で活動。
1950年 東京生まれ。


長野氏

●長野麻子氏 内閣府食品安全委員会事務局総務課課長補佐。
1971年愛知県安城市(日本のデンマーク)生まれ。
1994年東京大学フランス文学科卒、農林水産省入省。
郵政省出向、フランス留学、バイオマス政策、FTA/EPA交渉、BSE・鳥インフルエンザ問題、(株)電通出向、漁協担当などを経て現職。
公務の傍ら、食と農林水産業を元気にするNPO活動にいそしんでいる。
NPOものづくり生命文明機構常任幹事。NPO銀座ミツバチプロジェクトサポーター。
日本雨女雨男協会会長。

谷口氏
●谷口美津江氏 社団法人小樽観光協会副会長
昭和38年3月  小樽フタバ高校卒業
昭和44年12月 螢潺疋蠑型ハイヤー入社
平成7年1月   螢潺疋蠑型ハイヤー取締役社長
平成18年5月  社団法人小樽光協会理事
平成19年5月  社団法人小樽観光協会副会長
小樽法人会女性部会副部会長・北海道中小企業家同友会しりべし小樽支部幹事など。.
Our Shiribeshi | comments(0) | trackbacks(0)
2年間の事業一段落
虎杖浜の陽光


 一月中旬,大吹雪の函館で開催される観光人材育成講座で小樽報告にむかう途中,北海道・室蘭手前,虎杖浜の雲間からさす陽光を列車の窓から撮影.
 鈍いグレーの水面に陽光がさしている,・・今の私の気分.

 あしかけ2年間の事業が,終了する.

 小樽祝津エリアに,明治期創建だが大変老朽化著しい漁場建築「茨木家中出張番屋」修復を軸に,祝津エリアの活性化とコミュニティー拠点構築の事業が,やっと最終段階に入った.

 昨日,
 小樽商工会議所
 小樽市
 小樽建設事業協会
 小樽観光協会
 NPO祝津たなげ会
 北海道職業能力開発大学
 一般社団法人しりべしツーリズムサポート
の6団体で構成される「北後志風土ツーリズム協議会」が推進してきた「国交省・建設業と地域の元気回復助成事業」の最終協議会が,滞りなく終了した.

 あしかけ,2年間,これに全力を投入した.
 これまで,市内の主要団体が一体となっての歴史的建造物の修復事業をするなど,まちづくり市民運動の歴史がある小樽でも,初めてのことだ.

 幸い,国土交通省が2年前の春「建設業と地域の元気回復助成事業」を全国公募するという情報をいち早く入手できた.
 プレゼンを作成し,公募発表と同時に市内の環境作りをし,所有者・茨木誠一氏の祝津エリア復興への想いも相まって,祝津町会の協力を得て,幸い151箇所のうちの1つに選定を受けたからこその事業だった,
 このままでは解体するよりなかった茨木家中出張番屋が,今祝津の海を見下ろし甦った.

 勿論,助成金があってのことだ.

 しかし,それ以上に人と人との繋がり,ネットワークがあったればこそ,様々な障害をクリアしての事業完遂だった.
 多くの仲間が途中で諦めかけた.
 しかし,30年来のまちづくり市民運動仲間数人だけが,諦めなかった.
 その根拠は,所有者・茨木家の当主の思いとそれまでの小樽まちづくり運動で築かれたヒューマンネットワークの力だった.

 自分に知恵があるわけではなかった.

 だが,友人の友人のその又友人のところまで出張り,その方の知恵を授けてもらった.
 古い小樽でも最古といわれる町内会がある祝津地区,一見保守的に見える漁師町も,とことん付き合って頂ければ腹を割って話せる関係が成立し, 私たちの面子を一番気遣ってもくれ,難関をクリアしつづけた.
 どうしてもクリア出来ない法的課題が眼前にあった.
 それをどう乗り越えるのかで唸っている私に,全く別名目の宴席をセットし,それとなく知恵を授けてくれる方々を連れてきてくれるという,粋な計らいしてくれる,官民の知恵者の助けも頂いた. 
 「アナタ,その齢で司法書士に挑戦するわけ?」
と,深夜六法全書ととっくみあいする私を支えてくれた家族と,
 「祝津まちづくりで行ってくる,1時間で帰ってくる」
と祝津に行こうとし,
 「まちづくりより,店づくり」
と,皮肉たっぷりに送ってくれたスタッフがいた.
 首都東京の大監査法人でなければ公募事業要項を解釈できない,と笑いながら契約もしていない会計事務所が相談に乗ってくれた.
 「もうダメです,これでダメなら私降ります」
と担当部署の仕事でないにもかかわらず,最後の最後まで付き合ってくれた官がいた.
 本来茨木家中出張番屋を完全修復するには,お国の補助金の3〜4倍はかかるのに,ニヤリと笑いクリアする修復をやってのけてくれた大工さん達がいた.
 危機的夫婦関係(^^)なのに,土曜日会社を終わって東京から駆けつけて翌朝子供のサッカー試合に間に合わせて帰る奇跡的小樽・東京間往復をやってのけてくれた仲間もいた.
 私ならとっくにバンザイしていた,財団へのそれはもう膨大な助成事業に関する事務書類の作成を,柳に風と粛々と処理してくれる事業管理者の職員がいてくれた.

 そして,この事業に着手する1年前,つまり4年前,真面目に板場で仕事している私を無理矢理祝津まで車で拉致し,茨木家中出張番屋と茨木家本宅を見せ解説してくれた大学研究者がいなければ,更に,日本の片田舎の小樽の漁村の老朽化した漁場建築を修復し地域コミュニティ拠点にしたいという夢を聞かされ,それに見合う補助事業情報をキャッチし知らせてくれた東京の仲間がいなければ,その全ての始まりはなかった.

 書ききれない,ヒューマンネットーワークの塊でここまできた.



 修復なった茨木家中出張番屋は,祝津エリアのコミュニティー拠点となる.

 建物だけではない.
 それまで任意団体だった「祝津町内会」が認可地縁団体資格を取得し運営管理をしていく.
 同じく任意団体だった「祝津たなげ会」がNPO法人資格を取得し,町内会と協働で茨木家中出張番屋の活用を担っていく.
 祝津の人々が蠢きはじめていく.

 早速,NPO法人祝津たなげ会は,今年度方針を確定した.
 この茨木家中出張番屋を拠点に,祝津エリアの観光シーズンの5月から半年間毎月祝津の魚介類や水産加工品を販売する「お魚市」を開催し,漁協婦人部がメインになって水産加工品開発を併せて実施していく.
 昨年,茨木家中出張番屋竣工語の9月から冬期閉鎖の11月まで,視察見学者が約200名もあり今年度の茨木家中出張番屋視察に大きな手応えを得,更に,本州大手の旅行エージェンシーと組んで本州高校修学旅行で,市内市場巡りによる地場産品購入とそれを茨木家中出張番屋で漁協婦人部の指導で高校生自らが調理し食し,古老や観光ボランティアのニシン漁と漁場建築の講話,そして海に間近の雪原体験のツアー受け入れが3月実施される.
 
 国の税金を投入してもらい,修復なった茨木家中出張番屋がただ存在するだけでは意味がない.
 人が使ってこその,人の賑わいがあってこその 建築物だ.

 茨木家中出張番屋は,40数棟ある祝津漁場建築群の軸となって,これから小樽祝津エリアのコミュニティ活動の一大拠点となり,地域の住民の様々なサークル活動拠点として,そして訪れる観光客の知的探求・体験学習型のニューツーリズムの発信源になっていく.
 住んでよし訪れてよしの観光まちづくりの,文字通り実践だ.

 2年間商売をうっちゃってやってきた事業が,こういう形で地域住民の活動を促していく一番いいパターンとなって終えることが出来,次の展開が始まる.
 これが定着し,これからの祝津エリアの展望を切り開いていけばと,心から乾杯し,心地よい酔いを味わいたい.
 
 
Our Shukutsu erea | comments(1) | trackbacks(0)
2011年があけました
2011年賀桂月 

 昨年の正月は、一昨年末の怒りがおさまらないまま迎えたものだった。
 今年は、その怒りは薄らぐどころかもっと深度と濃度を増し、深く深く胸に巣食ったままだ。
 もはや日本の全ての政治勢力は、悉く賞味期限が切れてしまった感がある。
 が、昨年末大往生された、峯山冨美・小樽運河を守る会会長の残された言葉がある。
 
 「ただ漫然と 平々凡々に地域に住むのではなく その地域を知り 深くかかわりあって生きていく それこそが『地域に生きる』ことであり、まちづくりなのです.
という言葉を噛みしめながら、だからこそ一層叫ばにゃならん、と。

 昨年末も落ち着いて賀状などという空気ではなかった。
 今年も、京都・桂離宮の襖の取っ手のデザインを拝借した。
 桂離宮のテーマは「月」。
 その月をモチーフにして・・・
 漢字の「月」を、襖を開け閉めする際の取っ手のデザインに用いる感性。
 怒りと諦めがどんなにはげしくても、この感性を見習いたいものだ。

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まちづくり市民運動の母、峯山冨美さん逝く!
日本建築学会特別賞受賞記念シンポジウムの峯山さん 

 小樽まちづくり市民運動、小樽運河保存運動、そして今日の小樽観光まちづくり運動に多大な貢献をされ、晩年は全国各地から講演を依頼され、「地域に生きる」ということの意味を説いて回れた、
 小樽運河を守る会・元会長の
 峯山冨美さん
が、昨日、
 12月28日午後11時
 眠るが如く、逝去されました。

 享年96歳、大往生でした。

 お葬儀は、
 前夜式 平成22年12月30日午後6時
 葬儀式 平成22年12月31日午前10時
 式場  小樽シオン教会‎ 
   〒047-0033 
   北海道小樽市富岡1丁目2−1 
   電話 0134-32-7758
です。

 ・・・
 ただ漫然と
 平々凡々に地域に住むのではなく、
 その地域を知り、
 深くかかわりあって生きていく、
 それこそが、
 地域に生きる
 ことであり、
 《まちづくり
 なのだ。

 ・・・峯山冨美氏・日本建築学会文化賞受賞記念講演から

 我々は、峯山冨美さんからなにを受け継ぐのか!

 合掌


Our Japan | comments(0) | trackbacks(0)
しりべしiネット・リニューアル
JUGEMテーマ:観光まちづくり

リニューアル告知

 北海道しりべし(後志)エリアの広域観光ウェブサイト
 しりべしiネット
が、昨年に続き再々リニューアルを計画し、12月その新サイトが立ち上がった。

 
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Our Shiribeshi | comments(0) | trackbacks(0)
不愉快2
 民主党中央の人材発掘能力や人材ネットワークのなさにほとほと呆れ果てていたが、その民主党北海道と連合北海道の人物洞察力のなさにも・・・言葉がない。
 
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不愉快
認めない
 正直、不愉快なことばかりの連続だ。

 小さな食堂にはいる。
 醤油つぎととソースつぎが全く同じ器で、間違って浅漬けにソースをかけてしまったときの不愉快さはない、こちらも粗忽ものなのだが、器がまぎらわしい。
 とんかつ屋の看板にコック帽を被った豚が、チキン弁当の広告に水兵姿の鶏が、すき焼き弁当の広告に舌なめずりした牛がデザインされている。
 いったいどういう神経なのだろうかといつも思う。
 可愛い豚だからとんかつを食べたくなるとでも思っているのだったら・・・神経を疑う。
 が、・・・この種の不愉快は極めて個人的で些末なことではある。
 
 しかし、以下の不愉快は個人の域を超えた不愉快さである。
 
 「尖閣列島・北方領土と米中ロの谷間で菅政権迷走」のたぐいのTV報道で溢れかえっている。
 国会質疑をTVで見ると、現政権で初めて問題になったようななやりとりを臆面もなくやっている。
 実は、尖閣列島問題も北方領土問題も、前自民党政権時代のツケが今「ツケ馬」つきで押しかけてきているだけだ。
 
 尖閣列島周辺監視をしていた海上保安庁の巡視船に中国漁船が体当たりしてきた事件のヴィデオ流出を巡る騒動を見ていると、今から10年前、自民党政権時代に勃発した事件を思い出す。
 みるからに下品で、小柄で若いくせにだらしなくでっぷり太り、ポロシャツにベスト、ローレックスの腕時計にヒカリモノをゴテゴテと身につけた男と女性二人に男の子一人の4人連れが、成田空港の入国審査で引っかかった。
 2001年5月1日午後3時だった。
 専門家が見るとすぐ見破れるので有名なドミニカ共和国の安物偽造パスポートだったという。 それでもって入国審査をくぐり抜けようとした。 が、随行の女性の一人が朝鮮語を話すのを聞きつけた係官が見破ったと当初報道された。
 その男が、北朝鮮・金正日国防委員長の息子の金正男(キム・ジョンナム)だった。
 が、あとで公安調査庁が空港に待機していたことがマスコミに暴露され、他国の情報機関からの知らせが功を奏したとなって、日本の情報機関の情報収集能力がマスコミに叩かれた。
 更にもっと驚かされたのは、その金正男の偽造パスポートに記載された入国スタンプが、過去3回、計17日間も日本に入国し滞在していたことだった。
 我が国の情報機関と入国審査は、簡単に見破れるパスポートでありながら、金正男をいとも簡単に入国させ買い物を楽しませ観光をさせていた。
 金正男は取り調べに「東京ディスニーランドに行きたかった」と日本語でいったという。
 小泉首相には5時間後に、不法入国で金正男一行の身柄拘束が伝えられた。
 それから、外務省幹部、そして当時の福田官房長官には、なんと9時間も経った5月2日午前0時に知らされ、
 「なぜ拘束せずに泳がせなかったのか
と福田官房長官は唸った。
 入国させ、泳がさせ、出国時に拘束し、あらゆる情報を引き出し、供述調書にサインさせ、北朝鮮に照会したあと退去させる、それが常道だっただろう。
 もっと驚いたのは、時の外務大臣・田中真紀子の振る舞いだった。
 外務次官から田中真紀子外相に事態が知らされたのは、2日午前10時、拘束から20時間近い遅さであった。 アメリカのパウエル国務長官と電話会談直後のことで、報告を受けるやいなやわが外相は、
 「こんなことになってあなた良く平気ね。
  どこの国でもいいからマスコミに知られないうちにすぐ出しちゃいなさい」
 (毎日新聞2001/5/24)
と烈火の如く怒ったという。
 「事件はなかったことにしろ」という大臣命令だった。
 おりしも北朝鮮による日本人拉致問題での取引カードにと国民世論が起き上がる事への警戒心からとも言われた。
 が、
 「不法入国者は入管法の管理下で、外交判断だけで処理できない」
とする次官に対し、
 「すぐ、追い出せ」
の一点張りだった、という。
 このような情報が外務省からすぐリークされるのも異常だった。

 外務省官僚と対決を華々しく打ち出し就任し、いわゆる国民受け狙いの「まがい物の主婦感覚」の演出は出来ても、実際の外交判断、政策と国益への対処・追求は所詮無理だったことが、満天下に明らかになった。
 尖閣列島中国船体当たり事件は、この金正男拘留事件対応とレベルは同じである。
 尖閣列島中国船体当たり事件はその海上保安庁ヴィデオの公開をめぐる論争とYOUTUBE流出問題として、本来の日本外交を巡る実質的論議は再び三度うやむやに終わっていくだけだ。

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